常微分方程式の初期値問題の解一意存在定理の証明
世の工学徒は,常微分方程式の初期値問題の解が一意に存在するといふ主張を,特に証明せずに用ゐることが多い.確かに実用的な工学の場面で現れるやうな初期値問題の多くは,解が一意に存在してゐる.然し,学問を修める以上,自らが用ゐる定理の限界を把握しておくことも重要であらう.そこで本稿では,常微分方程式の初期値問題について,解一意存在性が成り立つ条件を明らかにする.
Definition 0. Lipschitz 連続
函数 $f(t, x)$ が $t$ に関して一様に $x \in [c, d]$ について Lipschitz 連続であるとは,或る定数 $K > 0$ (これを Lipschitz 定数と云ふ)が存在して
$$ |f(t, x_1) - f(t, x_2)| \leq K |x_1 - x_2| $$
が全ての $x_1, x_2 \in [c, d]$ 及び $t \in [a, b]$ に対して成り立つことを云ふ.
Lipschitz 連続は,簡単に云へば,或る定義域に於いて函数の傾きの取る範囲が有界であるといふことである.初期値問題の解一意存在の十分条件は,この Lipschitz 連続を用ゐて与へられる.
Theorem 1. Picard–Lindelöf の定理( Cauchy-Lipschitz の定理)
任意の $t_0 \in (a, b), x_0 \in (c, d)$ に対して,或る区間 $t_0 - \delta \leq t \leq t_0 + \delta$ 上で,正規型( $\coloneqq$ 微分項が左辺にのみ含まれる)常微分方程式の初期値問題
$$ x' = f(t, x), x(t_0) = x_0 \quad (1) $$
が唯一解を持つための十分条件は, $f(t, x)$ が $[a, b] \times [c, d]$ 上連続であり, $t$ に関して一様に $x$ について Lipschitz 連続であることである.
この定理を証明するに当たつて,先づは初期値問題を同値な積分方程式に置き換へる.初期値問題は微分方程式と初期条件の組み合はせだが,積分方程式では一つの式になるので扱ひ易いのである.
Lemma 2.
閉区間 $I = [t_0 - \delta, t_0 + \delta]$ で定義された函数 $x(t)$ に対して,以下は同値である.
- $x(t)$ は $C^1$ 級であつて (1) 式を満たす.
- $x(t)$ は連続であつて次の積分方程式を満たす.
$$ x(t) = x_0 + \int_{t_0}^t f(s, x(s)) ds \quad (2) $$
proof. ($\Longrightarrow$)
$$ x' = f(t, x) $$
を $t_0$ から $t$ まで積分すれば,直ちに (2) 式を得られる.
($\Longleftarrow$) (2) 式両辺を $t$ で微分すれば,直ちに (1) 式を得られる. $f(t, x)$ は $[a, b] \times [c, d]$ 上連続であるから, $x'(t)$ は連続であり,したがつて $x(t)$ は $C^1$ 級である.∎
Theorem 1 の証明の基本方針は,区間 $I$ 上の連続函数全体の集合を $C(I)$ として
$$ \Phi(x(\cdot))(t) \coloneqq x_0 + \int_{t_0}^t f(s, x(s)) ds \quad (t \in I) $$
$$ X \coloneqq \lbrace x(\cdot) \in C(I) | c \leq x(t) \leq d \rbrace $$
と定義される写像 $\Phi : X \to C(I)$ の不動点,即ち $\Phi(x) = x$ なる $x \in X$ として (2) 式の解を見つけるといふものである.猶
$$ || x || \coloneqq \max_{t \in I} |x(t)| $$
により $(C(I), || \cdot ||)$ はノーム空間(したがつて距離空間)となり, $X$ はその閉部分集合となる.
Definition 3. Cauchy 列
Cauchy 列とは,以下を満たすような列 $\lbrace x_n \rbrace$ である:
$$ || x_m - x_n || \to 0 \quad (m, n \to \infty) $$
Definition 4. 完備
ノーム空間 $(X, || \cdot ||)$ が完備であるとは,任意の Cauchy 列 $\lbrace x_n \rbrace \subset X$ に対して, $x \in X$ が存在して次を満たすことである:
$$ ||x_n - x|| \to 0 \quad (n \to \infty) $$
Lemma 5.
$(C(I), || \cdot ||)$ は完備である.
proof. $\forall t \in I$ に対して $\lbrace x_n(t) \rbrace \in \mathbb{R}$ は $\mathbb{R}$ の Cauchy 列であるから収束する.その極限を $x(t)$ と書く.即ち
$$ x_n(t) \to x(t) \quad (n \to \infty ) $$
である.このとき
$$ || x_n - x|| = \max_{t \in I} | x_n(t) - x(t) | \to 0 \quad (n \to \infty) $$
を示す.$\forall \varepsilon > 0$ に対して $N \in \mathbb{N}$ が存在して次を満たす:
$$ \forall m, n \geq N, \forall t \in I, |x_n(t) - x_m(t)| < \varepsilon \therefore |x_n(t) - x(t)| \leq \varepsilon $$
よつて,$\forall n \geq N$ に対して $||x_n -x|| \leq \varepsilon$ となり,これは $||x_n -x || \to 0$ に他ならない.また,連続函数列の一様収束極限はまた連続函数だから, $x(t) \in C(I)$ も従ふ.∎
Lemma 5 から $X$ は Banach 空間(完備ノーム空間)であることがわかる.
Lemma 6.
充分小さい $\delta > 0$ に対して, $\Phi$ は $X$ から $X$ への $1/2$ 縮小写像である.即ち,
$$ ||\Phi(x) - \Phi(y)|| \leq \frac{1}{2} ||x - y|| $$
proof. 今, $x$ は有界である. $f$ の連続性から, $M > 0$ が存在して $|f(t, x)| \leq M$ を満たす.$\forall t \in I$ に対して
$$ \begin{aligned} |\Phi(x)(t) - x_0| &\leq \left|\int_{t_0}^t |f(s, x(s))| ds \right| \\ &\leq M |t - t_0| \\ &\leq \delta M \quad (\because I = [t_0 - \delta, t_0 + \delta] \therefore |t - t_0| \leq \delta) \end{aligned} $$
$$ \begin{aligned} |\Phi(x)(t) - \Phi(y)(t)| &\leq \left| \int_{t_0}^t |f(s, x(s)) - f(s, y(s))| ds \right| \\ &\leq \delta K || x - y || \quad (\because \text{Lipschitz 連続性}) \end{aligned} $$
だから
$$ \delta \coloneqq \min\lbrace (d - x_0) / M, (x_0 - c) / M, 1/2 K\rbrace $$
とすれば良い.∎
これで, Theorem 1 を証明する準備が整つた.
proof of Theorem 1. まず,解の存在性を示す.勝手に $x_0 \in X$ を取る.これを定数函数と見て,函数列 $\lbrace x_n(t) \rbrace \subset X$ を
$$ x_1 \coloneqq \Phi(x_0), \dots, x_{n+1} \coloneqq \Phi(x_n), \dots $$
と定義する. Lemma 6 より, $m > n$ に対して
$$ \begin{aligned} ||x_m - x_n|| & \leq ||x_m - x_{m-1}|| + ||x_{m-1} - x_{m-2}|| + \dots + ||x_{n+1} - x_n|| \\ & \leq \left( \frac{1}{2^{m-1}} + \frac{1}{2^{m-2}} + \dots + \frac{1}{2^n} \right) ||x_1 - x_0|| \\ & = \frac{1-\frac{1}{2^{m-n}}}{2^{n-1}} ||x_1 - x_0|| \\ & \leq \frac{1}{2^{n-1}} ||x_1 - x_0|| \to 0 \quad (n \to \infty) \end{aligned} $$
である.したがつて, Lemma 5 から $\lbrace x_n\rbrace$ の極限 $x \in X$ が存在する.このとき,再び Lemma 6 より
$$ \begin{aligned} ||\Phi(x) - x|| &\leq ||\Phi(x) - \Phi(x_n)|| + ||\Phi(x_n) - x|| \\ &= ||\Phi(x) - \Phi(x_n)|| + ||x_{n+1} - x|| \\ &\leq \frac{1}{2} || x - x_n || + || x_{n+1} - x || \to 0 \quad (n\to\infty) \end{aligned} $$
であり, $\Phi(x) = x$ である.即ち,この $x \in X$ が (1) 式の解である.かくして,解の存在性が示された.
次に,解の一意性を示す. $x, y \in C(I)$ が共に (1) 式の解であると仮定する.このとき $x, y$ は $\Phi$ の不動点であり,Lemma 4 より
$$ || x - y || = || \Phi(x) - \Phi(y) || \leq \frac{1}{2} || x - y || $$
となる.即ち, $x(t) \equiv y(t)$ である.かくして,解の一意性が示された.∎
以上の議論は,$x$ をヴェクタ $\bm{x}$ に置き換へることにより,連立一階線型微分方程式についても殆ど同様に成り立つ.また,高階線型微分方程式は連立一階線型微分方程式に帰着できるため,高階線型微分方程式の解一意存在性も示すことができる.
猶, Picard–Lindelöf の定理が与へるのは解一意存在のための十分条件であり,必要条件ではないことに注意されたい.初期値問題の解一意存在のための必要十分条件は,岡村博によつて求められてゐる 1.また Peano の存在定理は,解の一意性は保証しないものの,函数 $f$ が一般の連続函数であるといふ条件の下での解の存在を保証してゐる.更に Carathéodory の存在定理はこれを一般化して,幾つかの不連続な函数 $f$ についても解の存在を保証してゐる.これらの定理についても,いづれ記事にする機会があるやも知れぬ.
-
Okamura, Hirosi (1942) Condition nécessaire et suffisante remplie par les Équations différentielles ordinaires sans points de Peano. Memoirs of the College of Science, Kyoto Imperial University. Series A, 24(1): 21-28 ↩︎